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2007-11-23 Fri 10:58
今週は、平日というにも限らず2回もご飯作りました。
といっても、1から10まで作ったわけではなく、 母とだったり妹とだったりしたわけですが・・・。 それに働いて主婦してる人なんて、 帰ってからひとりで全部やるわけですもんねー。 ほんと尊敬しちゃいます。 たった平日のうちの2日、しかも全部自分でやったわけでもない料理でも、 こんなに達成感味わってるというのに。。。 ちなみに、こないだ火曜日は豚肉の生姜焼きを作りました。 今までは本見てやったりしてたんですけど、 母の指示に従いながら今回はやりました。 なんかやっぱり母に教えてもらった方が上手にできるなー、と。 生姜焼きなんて簡単メニューなんですけど、 私はどうもお肉の焼き方がうまくいかなかったのですよ。 ところが母に言われた通りにやってるとスピーディに上手にできました。 あとは、ニラの卵とじも教えてもらったりして。 あー、美味しかったな。 あと、昨日は筑前煮を作りました。 これは最初の段階は妹がやっていたのですが、 私も途中からお手伝い。味付けも妹がしたんですけどね^^; だからこれは私が作ったとは言えないな。 筑前煮ってまともに野菜揃えて作ったら大変手間がかかるものだけど、 今は、冷凍のお野菜が売っているのですよね。 筑前煮用の。自分で加えるのは鶏肉とコンニャクだけ・・・。 便利な世の中になったものです。 他の野菜も冷凍で売ってるし、普通に野菜を買ったときの処理の仕方が、 もうわからないかも・・・。これもどうかと思うけど。 真の料理上手となる為には、そんなことじゃダメなんだろうな。 それから昨日ずっと食べたい気分だった、 ハムときゅうりのマヨネーズ和えのサラダ。 これは本当は、カマボコを入れると更に美味しい♪ 昨日は、本当に本当にお腹がすいてたまらなかったので、 出来上がった瞬間に、モリモリ食べてしまいました! 今日は出勤なんですけど、早めに上がってまた夕飯作ろうかな。 会社の隣にスーパーがオープンしたんです。 調味料とかたくさん置いていそうな雰囲気のスーパーです。 あぁ、会員になりたいかも。 けど、生鮮食品持って帰りの電車に乗るのは厳しいかな>< 気付いたんだけど、「何作ろう〜」って考えるのも楽しいですね。 だけど毎日となったらさすがに大変なんだろうなぁ。 お母さん、結婚して働く主婦の方、当たり前のようにやってるけど、 本当に凄いなぁ〜。 |
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2007-11-19 Mon 10:57
先日、読み終えたばかりの本です。
いつか読みたいと思って買ってはあったのですが、 内容も重たそうだし、ここんとこ精神的に滅入ってることばかりだったので、 余計暗くなることを恐れて読んでいませんでした。笑 早速、読む覚悟(?)が出来たので読んでみました。 内容はやっぱり・・・重たい。 「神様って本当にいるのかな・・・」っていう疑問とか不安って、 私でも持ちます。切支丹ではないけれど。 タイトルにもなっているように、神はいつでも沈黙をしている…。 百姓たちがひどい拷問を受けている時でも、 主人公の司祭・ロドリゴが「あなたは今こそ沈黙を破るときだ」と祈ってる時でも。 神(キリスト)が全てだと思って、信じてきたロドリゴ。 その神を裏切るなんてできない。 けれど、ロドリゴが転ばない限り(踏絵を踏む)、 日本の切支丹である百姓たちは次々と殺されていく。 彼が慕っていたフェレイラのセリフで、 「お前は自分が大事なのだろう。そんな綺麗な言葉で片付けてはいけない。 お前の為に今も彼らたちが穴吊りにされている。 それでもお前は転ぼうとはしない。 ここにもしキリストがいたら・・・。確かに転んだだろう。 自分の全てを犠牲にしても、彼らを守る為に転んだだろう。」という言葉。 自分の為ではなくて、人の為に。 人を愛するとはそういうことなのかもしれない。 他人を思いやるとは。。。ここではもっと深い重い意味だけれど。 踏絵の中のキリストの言葉。(ロドリゴにはそう聞こえた) すごく深く考えました。 愛の深さというか・・・。信仰を守ることは確かに大事だけれど・・・。 キリストの教えってそういうことなのかなって。 人を愛するってそういうことなのかなって・・・。 信仰って、弱い自分がいるから心の中に救いを求めるわけですよね。 人の気持ちって難しいし、すごく深い。 愛って簡単に言うけれど、形に見えない分深いなぁーと思いました。 最終的には、自分の心の中に神様が存在するように思います。 どれだけこの時代のように切支丹禁制にして、 踏絵だ穴吊りだってやったって、人間の心は縛れない。 いつだって、心の中で神様を信じたり、 心は自分が居たい場所にいられるんだって感じました。 |
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| あした天気になぁれ。 |
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